トロント掲示板 (フリー) - No.252067
タバコを左手に持って吸う人は左利き?
(トロント) 2019-10-12 17:59:35
タバコ吸う人、どうですか?
教えてください!
多分そうだよ。
当たり前!!
私は元プロ麻雀士なのですが、麻雀を打つ時は常に右手を使うため、煙草を吸う場合は左手で吸うのがマナーです。そのため、普段でも煙草を吸う場合は左手で吸うのが自然になっています。なので左手で煙草を吸う方を見かけると、左利きかな、と思うよりも先に、麻雀を打つ方なのかなと先に考えてしまいます。ある種の職業病ですね。
やれ台風19号だ、タピオカ店脅迫だって大変な時によくそんなしょうもない事で盛り上げれるねぇ… ほんと尊敬するわぁ…
盛り上げ「られる」な。
「ら抜き言葉」は理由があります。
先週、ニュースや新聞で文化庁の「国語に関する世論調査」が発表され、
「ら抜き言葉」をつかう人が初めて多数派になったと報道されました。
「ら抜き言葉」。
見れる、食べれる、寝れる・・などの「れ」の前の「ら」が脱落した言い方
です。
一時期、日本語の乱れの象徴として叩かれましたが、今ではアナウンサーも
原稿を離れたトークなどの場面では話していますし、画面に出るテロップも
「見れる」となっていることがあります。
(私も、「辛い物は食べられない」と言った時に、「食べられない?どこの
方言?」と真面目な顔で日本人に質問されたことがあります・・・。)
実は、この「ら抜き言葉」。
日本語教師の間では、「理由のある現象」として捉えられています。
(なんていうと、「ら抜き言葉、絶対認めない!」と言っている先生方に
怒られそうですが・・。)
今日は、どうして「ら抜き言葉は理由のある現象」として捉えられているかを
お話したいと思います。
「食べられる」
これだけを聞いて、皆さんは「可能表現」か、「尊敬表現」かの区別が
つきますか?
私は「これだけでは、どちらか分かりません」という答えです。
そうなのです。
この「~られる」という言い方は、可能表現と尊敬表現の両方で使われる厄介な
ものなのです。
特に、会話で主語を省略する傾向のある日本語は、「食べられる」だけで
話すこともあるので、外国人にとっては、「可能?尊敬?」と混乱を招く原因
となっています。
また、この「ら抜き言葉」は「上一段活用」と「下一段活用」の動詞と「来る」
の可能表現だけに表れる現象です。
動詞の多くを占める「五段活用」の可能表現は、「書ける」、「読める」、
「話せる」のように、「らを入れない」のです。
要するに、動詞の多数は「ら」を入れずに可能を表すのに、ある限られた動詞
のみ「らを入れなければならない」というイレギュラーが生じているのです。
(日本人はこれをイレギュラーと考えないかもしれませんが、日本語を外からの
視点で見ている外国人は「ら有り言葉=イレギュラー」と捉えています)
まとめると、
①「見られる」、「食べられる」のように「ら有り(?)言葉」では、
可能表現か、尊敬表現かの区別がつかないので、
その区別を付けるために可能表現の時に「ら」の脱落が起きている。
②動詞の大部分を占める「五段活用」の可能表現のルール同様、「上/下一段
活用」、「来る」も「ら」をつけない変化をさせた結果が「ら抜き言葉」
ということが言えます。
こう考えると、この「ら抜き言葉」も、それなりの理由がある現象だと言える
のではないでしょうか。
「ら抜き言葉」は、現在「日本語の揺れ」として扱われているので、日本語の
テキストにも「ら有り言葉」が載っています。
(最近は、「ら」が脱落することがあることを説明しているテキストもあり
ます)
ですから、私たち日本語教師も「ら有り言葉」を教えますが、「ら抜き言葉」が
多数派になったという調査結果を受け、「ら抜き言葉」が認められる日も遠くは
ないと感じます。
「食べれる」は可能表現、「食べられる」は尊敬表現と「ら」の有無で分かる
ようになれば、日本語を勉強する外国人は「分かりやすい!」と思うのでは
ないかと感じています。
なげーよ
感じます感じますって、あんた欲求不満なん?
長いですよ。な。
みじけーよ
左利きです。
オレは、左寄りだけど。