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緑の党のエリザベス・メイ党首が7月27日に、Wi-Fiなど電子機器から出る電磁波による健康被害を警告したツイッターが、炎上した。 それは「電磁波とスマート・メーターに関する有益で興味深い議論」と題された論考で、彼女はこう綴っていた。 「私の家にWi-Fiがないのは、大変結構なことだ。私はそのようないかがわしいものに、長年晒されることはなかった。 私は十分な根拠もなしに、この問題を取り上げているわけではない。Wi-Fiや携帯電話から出る電磁波の安全性について、科学的なコンセンサスはまだ存在していない。 我々のスタンスは、単純である。安全性が科学的に確立されるまで、健康上のリスクに対し用心深くあるべきだということだ。」 この直後、膨大な反論によってメイ党首のツイッターは炎上した。 sfontaineは、こう反論した。 「@ElizabethMay、あなたは今までは良くやっていた。そして今、イカサマ療法が始まった。あなたはSGI(※サーニッチ&ガルフ・アイランズ選挙区)有権者の票を失った。」 Kevin Kindredも、次のように非難した。 「@ElizabethMayが似非科学と風評被害を喧伝するとは、実に嘆かわしい。彼女は本来、科学について見識があったはずだ。」 緑の党は、まもなく記者会見で「ワイヤレス電磁波は、健康と環境に潜在的なリスクを与える。企業から独立した団体による、更なる調査が必要である」と述べ、「スマート・メーター」配布計画の中止を訴えた。 緑の党の真の標的は、BC電力がブリティッシュコロンビア州で2012年末までに各戸に取り付ける、「スマート・メーター」と呼ばれるワイヤレスの電力量計である。それは1日数回、電力使用に関する情報を電磁波で送信する。なおBC電力は健康上の懸念がある場合、消費者の自己負担で旧来の電力量計の再設置に応じる。 カナダでは2010年から、「Wi-Fiヒステリア」が社会問題化している。カナダの何人かの研究者が、相次いでWi-Fiから出る電磁波の悪影響を指摘する論文を発表したからである。 トレント大学のマグダ・ハバス准教授は「マイクロ波、とくに基地局のマイクロ波は癌、心臓疾患、睡眠障害、皮膚疾患、一時的記憶喪失と関係する」という研究を発表している。彼は「もしスマート・メーターが各家庭に設置されたら、発癌性のある電磁波被曝を増加することになる。それは危険で愚かなことだ」と語っている。 児童が下校すると頭痛・めまい・発疹などの症状を訴え、休日にはそのような症状が見られないのは、Wi-Fiから出る電磁波が原因ではないかと噂されている。オンタリオ州シムコー郡では、Wi-Fiを導入した学校のうち14校の児童が健康被害を訴える騒ぎとなり、ミーフォードのセント・ビンセント・ユーフレイジャ小学校では2010年10月、保護者の投票によりWi-Fiの使用が禁止された。 我々の日常生活は、コンピュータやテレビなど、電磁波を発生するものに囲まれている。携帯電話が発する電磁波は、Wi-Fiのアクセスポイントに比べ断然近く、その被曝量は非常に大きい。たとえ保護者が学校でWi-Fi使用を禁止したところで、Wi-Fiネットワークは至るところにあり、児童は登下校の途中、いくつかのアクセスポイントに遭遇することになるだろう。 世界保健機関(WHO)は1987年、1ミリアンペア/平方メートル(磁界レベルでは500マイクロテスラに相当)以下の電磁波に悪影響はないと発表している。 もっと見る
新民主党のジャック・レイトン党首は7月25日、治療に専念するため党首を辞任すると発表した。
5月の総選挙で大躍進を果たし、党を初めて野党第一党にのし上げたレイトン党首だったが、6月末に再び凝りと痛みを感じるようになった。そしてトロントのプリンセス・マーガレット病院で検査を受けたところ、新たな癌が発見された。彼は昨年2月に前立腺癌の治療のため入院し、今年3月には腰の手術を受けている。今回発見された癌がどんな種類のものかは明言していないが、前立腺癌ではないという。前立腺癌は、骨やリンパ節に移転しやすいことが知られている。 レイトン党首は後継暫定党首として、ニコル・テュルメル議員を推薦した。彼女は今年初当選したばかりの新人議員だが、カナダ国家公務員労働組合連合会(PSAC)前委員長として、オタワでは知られた存在である。男女の給与格差是正にまつわる交渉で、彼女は2006年に30億ドルの和解金を勝ち取っている。 レイトン党首は彼女について「彼女は経験豊かな全国組織のリーダーで、英語とフランス語の両方に通じている。彼女は暫定党首として、立派に働いてくれるだろう」と語った。 新民主党は27日に幹部会で暫定党首を選出し、翌日党役員会で承認することになっている。レイトン党首の後継指名は、党則上は何の効力もないが、彼がテュルメル議員を後継指名した以上は、別の人が選ばれることは考えられないという。 連邦議会の秋のセッションは9月19日に召集されるが、レイトン党首は治療に専念し、この日までには政務に復帰したいと語った。2人いる副党首トーマス・マルケアとリビー・デイビスの両名が後継指名されなかったことは意表を突いたが、彼らのうちの1人を後継指名すれば、世代交代を実現することになってしまう。あえて新人議員を推薦したのは、秋までの暫定であることを強調し、近日中の復帰を印象づけるとともに、党内抗争を抑止する狙いがある。 組合時代からテュルメル議員を知る自由党のボブ・レイ暫定党首は、彼女について「組合委員長として、非常に有能な人物」と語った。 もっと見る
在日カナダ大使館は7月21日、東日本大震災で被災した若者の留学を支援する「カナダ留学ホープ・プロジェクト」を発表した。
15歳以上30歳以下の日本国籍者で、震災で家族・家・仕事などを失った方または原発事故のため避難している方150名を対象に、往復航空運賃・1か月の語学学校授業料・旅行保険代金と、ホームステイを含むプログラムではその代金を支給する。 株式会社サマンサタバサ・ジャパンリミテッドが1500万円を寄付し、カナダ大使館と共同で設立した留学基金「カナダ留学ホープ・プロジェクト」は、以前から行っていた日加リーダーシップ基金の特別カテゴリーとして設けられたもので、復興の要となる被災地の若者に、カナダ留学を通しグローバルな視野を持ってもらい、将来世界に羽ばたく日本の希望になってもらおうと企画された。 記者会見でジョナサン・フリード駐日大使は「カナダ大使館は震災後も日本に留まり、2万5000枚の毛布を避難所へ配り、線量計を必要としている方々へ配るなどの支援を続けてきました。今回は、支援の一環として日本の再建のためこのプロジェクトを立ち上げました」とコメントした。 オンタリオ州ハミルトンで2年間留学した経験を持つ、サマンサタバサの寺田和正会長は「僕自身の希望を作ったのもカナダでした。私自身は、広島県で生まれたのですが、留学をしたことで様々な人と出会い、今までにない経験をすることができました。留学した時に、ソニーさんやトヨタさんなど日本の企業が世界で活躍しているのを見て、僕もいつか実現すると世界を目指す希望の光になりました」「サマンサタバサグループとして何ができるのか、3月11日以降ずっと考えてきました。その中で浮かんできた言葉は、希望でした。希望を感じて貰えるような支援の仕方を考えた結果このプロジェクトに行き着きました」と語った。 同社では「サマンサタバサ・チャリティキャンバスバッグ」(9450円)を発売し、売上の全てを「カナダ留学ホープ・プロジェクト」に寄付する。 もっと見る
340名のカナダ兵が戦死した第二次大戦の激戦地、ノルマンディのジュノー・ビーチに、フランス政府が風力発電所を建設する計画を立てている。それは海岸から10キロの位置に、高さ150メートルの巨大なプロペラを100機ほど建設する計画である。
ジュノー・ビーチで戦ったロイ・エディ少佐(87歳)は「それは、戦死した何百人もの兵士たちの聖域をけがすようなものだ」と怒りを隠さない。 計画に反対する市民団体のジャン=ルイ・ビュートレ代表は「政府が風力発電所を建設するならば、そのようなことは尊重していないということだ。それは、フランスが世界に向けて重大な誤りを晒すことになる」と警告した。 しかし、皆がフランスの計画に反対しているというわけではない。92歳の退役軍人、ジュノー・ビーチセンター協会のガース・ウェッブ代表は「私は特に問題ないと思う。今は21世紀で、この種の問題と折り合って行かなければならない」と述べた。 新民主党のピーター・ストファー議員は、計画を実行する前に、フランス政府がカナダ政府や退役軍人団体と相談することを望むと語った。 もっと見る
ハーパー首相は7月11日、アルバータ州の先住民ブラッド族の名誉酋長に任じられた。
彼は2008年、政府がかつて先住民の児童に、親から引き離し寄宿学校での同化教育を強制した過去について謝罪した。チャールズ・ウィーゼル酋長はこれを讃え、ハーパー首相にブラックフットの言語で「チーフ・スピーカー」の名を贈った。 ハーパー首相はそれから、メディシンマンに顔にペイントを施され、頭に羽飾りをかけられた。 ハーパー首相は、レスター・ピアソン元首相とジョン・ディーフェンベーカー元首相に続き、現職総理で名誉酋長に任じられる3人目となった。なおジャン・クレチエン元首相は、首相就任前に任じられている。 ほかに名誉酋長に任じられた人物には、エイドリアン・クラークソン元総督、デビッド・スズキ博士、ピーター・ローヒード元州首相、ラルフ・クライン元州首相がいる。 もっと見る
ブリティッシュコロンビア最高裁は7月5日、尾藤ナルミ被告に無罪を言い渡した。被告は2010年9月17日に、ブリティッシュコロンビア州サーニッチのホームステイ宅で嬰児を出産し、その死体を自室に隠匿した容疑で、死体隠匿罪および死体侮辱罪に問われていた。
無罪評決の決め手は、検死の結果嬰児が生産か死産かを判定できなかったことと、尾藤被告が一人で出産したため彼女の証言を覆す証拠を提示できなかったことである。 被告の証言によれば、彼女は自分が妊娠していることに気づかなかったという。彼女は9月16日夜、苦痛で目覚め、トイレで出産したとき、嬰児は動かず、声もあげなかったという。想像を絶する苦痛を感じたため、助けを呼ぶことができなかったと彼女は証言した。胎盤が出たとき、彼女は嬰児をすくい上げようとしたが、気を失ったという。嬰児の遺体をビニール袋に入れ自室に置いたのは、いっしょにいたかったからだと尾藤被告は語った。 大学当局の圧力により、彼女は学習を放棄させられた。検察は、控訴するかどうかまだ決めていないとコメントした。 もっと見る
●イギリス海軍援助(1913年)
ヨーロッパの緊張が高まった1912年、ボーデン首相はイギリス海軍に3500万ドルを支給することに同意した。 野党自由党はこれに強硬に反対し、1912年12月から1913年5月まで議事妨害を行った。ボーデン首相は「我々はもう十分審議を尽くした」と述べ、カナダ史上初めて審議の終了を宣言した。 法案は2週間後、自由党が過半数を占める上院で否決された。 ●トランスカナダ・パイプライン(1956年) アルバータからカナダ中部まで続くトランスカナダ・パイプライン建設計画について、与党自由党は議事妨害が始まってもいないうちに、審議終了を宣言した。野党進歩保守党の議員たちは「口を封じられた」と抗議し、政府は議会手続きを無視して、アメリカの投資家にへつらっていると非難した。 審議は5月8日から6月6日まで、およそ1か月続いた。ピアソン外務大臣は「もし彼らが本当に口を封じられたのなら、史上最も口うるさい『口を封じられた人たち』であろう」と述べた。 1958年、パイプラインが完成する前に自由党は野党に転落した。 ●国旗論争(1964年) アングロフォンの政治家たちが言い争うのを、フランス系カナダ人は座して見守っていた。問題は、カナダの国旗は植民地の過去を讃えるべきかどうかであった。野党進歩保守党のディーフェンベーカー党首は、左上にユニオン・ジャックの入った自治領旗に固執し「国旗は民族の創生を讃えるものでなければならない」と主張したが、ピアソン首相は、それではフランス系カナダ人が国家に誇りを持てないだろうと懸念した。 この問題についてディーフェンベーカーは国民投票を提案したが、ピアソンは超党派による委員会を設置した。1964年10月29日、委員会は2600件の応募作品の中からジョージ・スタンレーによるメイプルリーフの図案を満場一致で採択した。しかし進歩保守党はこれに強く反発し、議事妨害に打って出た。政府は審議の終結を一方的に宣言し、新国旗法案は1964年12月15日下院で可決され、上院でも2日後に可決され、翌年1月28日にエリザベス二世の勅裁を得て成立した。法律は1965年2月15日に発効し、この日行われたセレモニーで初めて国会議事堂に掲揚された。 ●メトロ・トロント合併(1997年) オンタリオ州議会は1997年、メトロ・トロント6市(トロント、エトビコーク、イースト・ヨーク、スカボロー、ノース・ヨーク、ヨーク)を合併させる103号法案を提出した。だが住民の多くは反対し、住民投票が行われたが、有効票数の4分の3、有権者の3分の1に当たる人々が反対を表明した。 オンタリオ新民主党はオンタリオ自由党と共謀し、法案に1万3000件もの改正案を提出し、2週間に及ぶ審議を行った。グローブ&メイル紙は「民主主義の寛容が、このような挑戦に耐えることはほとんど考えられない」と報じた。 それでも法案は可決され、1998年新しいトロント市が成立した。トロントはメキシコシティ、ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルスに続く北米第5の面積を持つ市となった。だが合併以降も、郵政公社や電力会社など多くの組織は、旧行政区の名を使い続けている。 もっと見る
6月25日(土)、職場復帰法案が58時間に及ぶ議事妨害の後、下院で可決された。法案は、与党保守党が多数を占める上院で26日にも可決され、その日のうちに総督の勅裁を経て成立する見込みである。法案が成立すれば、カナダ郵政公社は24時間以内に業務を再開しなければならない。 カナダ郵政公社労働組合は、賃上げと年金改革を要求して6月3日から全国的にストライキを実施した。与党保守党は20日、連邦議会に職場復帰法案を上程したが、郵政公社はロックアウトで対抗し、22日には労使交渉が決裂した。 6月24日はケベックの守護聖人「サン・ジャン・バチストの日」で、ケベックでは事実上の建国記念日に当たる祝日である。連邦議会は23日から休暇に入る予定になっていたが、リサ・レイト労働大臣は「職場復帰法案が可決されるまで休暇にはしない」と強い態度で臨み、23日から下院で法案の審議が始まった。ところが法案には、職員の賃金が公社の提示額より低く設定されていた。 新民主党のレイトン党首は「総理は、わが国の団体交渉権を無意味なものにした。もしも交渉の席で要求を受け容れられなくても、あなたが雇用者側であれば、政府が法律でそれを規定するという。これは恐るべき前例となろう」と述べて、法案から賃金条項を削除するよう求めたが、ハーパー政権はいかなる交渉にも応じなかった。労組に支援された新民主党はこれに反発し、議事妨害を始めた。審議は24日の「サン・ジャン・バチストの日」になっても終わらず、異例の土曜開会となった。 新民主党議員の半数はケベック州選出だが、議場にとどまり、各自20分の演説を行った。パット・マーチン議員は「演説は生き生きとして、明快で情熱的ですらある。電話帳を朗読する者は誰もいない。これは本物の審議だ。斬新で興味深い」と語った。 58時間に及ぶ長時間の審議中、議員たちはいつ投票が始まってもいいよう交代で事務所に行き、仮眠をとった。議場に残る議員たちは、差し入れられたピザを食べた。ある議員は、ボードゲームの「モノポリー」を小脇に抱えて下院ロビーを歩くのを目撃されたという。だが緑の党は、1議席しかないため交代要員がおらず、メイ党首は23日に徹夜して翌24日夜には気丈に演説した。 法案可決を受けて、ハーパー首相は次のように述べた。 「市民はどちら側にいたか、我々は知っている。そして反対側の議員たちもようやく、それに気づき始めたものと思う。3日間にも及ぶ議事妨害は全く不必要なもので、国民特に中小企業と慈善事業がまもなく郵政サービスを受けられるようになることは、喜ばしい。」 図:「おい衛視、レイトンを止めろ!」 もっと見る
トゥルー・ノース・スポーツ&エンターテイメント社は6月24日、ウィニペグの新しいチーム名を「ジェッツ」にすると発表した。
ウィニペグには1996までジェッツが存在したが、フェニックスに移転しチーム名を「フェニックス・カイオーツ」と改めた。「ジェッツ」の商標は今も、フェニックス・カイオーツが保有したままである。 商標権の問題から、新しいチーム名は「ムース」「ファルコンズ」「ポーラー・ベアーズ」などが有力視されていた。だがデリク・クープランド氏は、新チームが「ジェッツ」以外の名を名乗ることは非常なリスクを伴うと説明した。 「正式なチーム名が何であれ、開幕戦ではジェッツのジャージを着た大勢の群集が『ゴー、ジェッツ、ゴー』と叫ぶだろう。」 ミネソタ・ノーススターズは1993年ダラスに移転し、2000年にミネソタ・ワイルドが創設された。ワイルドでプレーしたトム・リード選手は、行く先々のアリーナで、ノーススターズのジャージや帽子をかぶった大勢のファンを見たという。 CFLのボルチモア・スタリオンズも、1996年にモントリオールへ移転したとき、1986年に消滅したモントリオール・アルエッツのチーム名を継承している。その土地に定着したブランドは根強く、新しいブランドを導入するより、旧ブランドを買収した方が販売戦略上うまくいくようだ。 NHLが1990年にエキスパンションを発表したとき、オタワ市はフランチャイズに名乗りを挙げ「セネターズを返せ」運動を開始した。かつて栄光のチームとして存在したオタワ・セネターズは、1934年にセントルイス・イーグルスに変わり、翌年消滅していたのだ。オタワ市は、オタワ在住で旧セネターズ最後の生き残りでもあるフランク・フィニガン元選手を前面に押し立てて、精力的な招致運動を展開した。 1992年、新しく創設されたオタワ・セネターズの最初の試合で、フィニガンはフェイス・オフのパックを落とすことになっていたが、残念なことに彼はその日を見ることなく亡くなった。セネターズは最初の試合開始前に、彼のかつての背番号8を永久欠番とするセレモニーを行った。フィニガンは、所属しなかったチームで永久欠番となる3人目の選手となった。 もっと見る
カナダ銀行は、新しい紙幣のデザインを発表した。従来の紙幣が綿で作られていたのに対し、新紙幣はポリマー製で、誤って洗濯機にかけても破れず、乾燥機に入れても溶けることはない。 だが何より重要なのは、透明の窓にメタルの肖像と建造物、そして表裏どちらからも見える微細なナンバーが、偽造をいっそう困難にしていることである。カナダ紙幣は2001年から2004年までの間に、100万枚につき470枚が偽造されるというピークに達した。そこでカナダ銀行は、小売業者に偽札を識別するトレーニングを実施して、偽札流通量を100万枚につき35枚にまで減少させたが、カナダのある地域では、小売業者の1割もが100ドル紙幣の受け取りを拒否する事態となっていた。 新紙幣は破れにくいため、従来のものより長く流通することから、紙幣を発行する経費を2億ドル削減する。そして古くなった紙幣は、プラスチック製品としてリサイクルされることになる。 新紙幣は、高額のものから流通する。まず11月には100ドル紙幣が導入され、次に50ドル紙幣が2012年3月に導入され、2013年末までには5ドル紙幣が導入される予定である。100ドル紙幣の表はもちろんロバート・ボーデン元首相の肖像で、裏は「医学の進歩」をテーマに顕微鏡をのぞく女性が描かれている。50ドル紙幣の表はマッケンジー・キング元首相の肖像で、裏はアムンゼンの砕氷船が描かれている。 最も大きな課題となるのは、キャッシュディスペンサーなどに使われ最も流通量の多い20ドル紙幣である。カナダ銀行は、18か月以内に旧20ドル紙幣の70から80%を回収する予定である。 世界で最初にポリマー紙幣が発行されたのはオーストラリアで、1988年のことだった。 もっと見る
6月15日、スタンレーカップ決勝でバンクーバー・カナックスの敗退が決まると、失望したファンが商店を破壊し、車を燃やす暴動が起こった。警官隊が導入され、路上で暴徒たちと睨み合うまさにその瞬間、路上で熱いキスを交わす二人の写真が世界中を駆け巡った。それはロベール・ドアノーの「パリ市庁舎前のキス」や、アルフレッド・アイゼンスタットの「V–J day」に匹敵する芸術作品だと評価されている。 フォト・ジャーナリストのリチャード・ラムはそのとき、自分が何を撮影したのかわかっていなかった。負傷した人が路上に倒れていると思ったという。彼はメモリーカードの中の写真を開いたとき、衝撃を受けた。 世界中の多くの人々にコピーされたこの写真の二人は、オーストラリアのパースから来たスコット・ジョーンズさんと、バンクーバーに住むアレクサンドラ・トーマスさんだと、ジョーンズさんの姉妹ハンナさんがテレビ局に通報したことで判明した。 二人は15日、ダウンタウンの友人宅で、テレビで試合を見ていた。そして暴動が起こったと聞いて、それを見に行こうと外に出た。ところが警官隊が到着し、二人はジョージア・ストリートで警官隊の盾で打たれた。路上に突き倒されたトーマスさんはかすり傷を負い、ひどく怯えていたので、ジョーンズさんは彼女を抱きかかえ、落ち着かせるためにとっさにキスをしたという。 トーマスさんはゲルフ大学を卒業し、バンクーバーで働いていた。ジョーンズさんはコメディアンを目指してメルボルンの演劇学校で学び、昨年秋にワーキングホリデーでカナダに来てすぐ、トーマスさんと交際するようになったという。 写真を見た父のブレット・ジョーンズさんは、SNSサイト“Facebook”に「争いではなく愛を紡ぐことは、何と素晴らしいことだろう」と綴った。 =========== ※ジョーンズさんの滞在資格について、トロント・スター紙がJones and Thomas started dating shortly after the young Australian actor arrived in Vancouver on a working holidayと報じたのに対し、グローブ&メイル紙はMr. Jones has been in Canada on a 12-month work visa since last fallと報じているので、ワーキングホリデー制度はカナダ人の間であまり知られていないようだと感じる。 写真上:暴動下でキスを交わすスコット・ジョーンズさんとアレクサンドラ・トーマスさん。 写真下:どっかのアホ。 もっと見る
NHL(北米ホッケーリーグ)はカナダ発祥だが、カナダは1993年のモントリオール・カナディアンズの優勝を最後に、スタンレーカップから遠ざかっている。だが今年はバンクーバー・カナックスが決勝に進出し、カナダが18年ぶりにトロフィーを取り戻すチャンスである。カナックスが94年に決勝で敗退したとき、ロブソン・ストリートで暴動が起こったことはいまだ記憶に新しい。 ハーパー首相は6月8日、娘のレイチェルちゃんとジェームズ・ムーア民族遺産大臣(ブリティッシュコロンビア州選出)とともに、ボストンのTDガーデンでスタンレーカップ決勝第4試合を観戦した。ところがセキュリティの都合上、政府専用機を使わなければならなくなったが、公務ではなかったため、規則により民間航空運賃の同額を支払うことになった。 首相広報のアンドリュー・マクドゥーガルは、ハーパー首相とその愛娘が500ドル支払ったことを公表し、彼が政府専用機に有料で乗った最初の首相であると語った。だが政府専用機の運航には、1時間当たり3285ドルの経費かかるとされる。数日前に上程された予算案は、支出を40億ドルも削減する緊縮財政案だったことから、野党議員たちから激しい非難の声が上がっている。 自由党のレイ暫定党首は、首相の行動に疑問を呈した。 「プライベートでホッケーの試合を見るための訪問なら、納税者が負担する必要があるとは思わない。」 また新民主党のレイトン党首は、こう述べた。 「首相は釈明すべきだ。私なら政府専用機には乗らない。私はテレビで試合を見るよ。」 試合は、バンクーバー・カナックスがボストン・ブルーインズに0対4で敗れた。 写真上:スタンレーカップ決勝を観戦するハーパー首相。その左はレイチェルちゃん、その左のカナックスのジャージを着た人がムーア民族遺産大臣。 図下:このマンガはフィクションです。 もっと見る
上院衛視だったブリジット・ドペイプさんの「ストップ・ハーパー」事件は、各方面で議論を巻き起こしている。6月10日には、オタワで「ストップ・ハーパー」集会が開催されることが決まった。またSNSサイト“Facebook”では、ドペイプさんを賞賛する「カナディアン・ヒーロー」や「真の愛国者」コミュニティが開設された。
ドペイプさんは数多くのテレビ番組に出演し、以下のように語った。 「私たちは、民主主義が4年に一度だけ起こるという設定に挑戦すべきです。本当の民主主義は、私たちの毎日の生活に、そして毎日の行動にあるのです。」 「現状を変革するためには、ふさわしからざる方法しかないと、私は本気で考えています。何千人もの人々からインターネット上で意見を寄せられて、私は本当に励まされました。」 解雇されたドペイプさんには、カナダの公共事業機構から仕事のオファーがあったという。 ドキュメンタリー映画を通して、アメリカ共和党やカナダ保守党を長年批判してきたマイケル・ムーア監督は、自身のホームページでドペイプさんを紹介し、彼女への支持を表明した。 「一人の若者が平和的に、かつ静かに行動した。何と力強い瞬間だろう。」 だがウィニペグに住む彼女の父は、批判的な意見を寄せたという。 「父は、この行動が本当の変革を生むかどうか、疑わしいと言っていました。」 今回初めて公式野党となり、野次はやめて品位ある議会運営をしようと呼びかけた新民主党のレイトン党首も、彼女の行動に首をかしげた。 「私は、これは間違っていると思う。我々は、連邦議会で品位ある行動を推進している。厳粛であるべきときに、誰かが立ち上がってプラカードを掲げるのは、品位があるとは言えない。我々は抗議を推奨する。それは民主主義の長い伝統の一部である。だがそれは適切な場所で、適切なときに行われるべきだ。」 保守党の選挙参謀だったガイ・ジオーノ氏は、議会スタッフのセキュリティ・チェックに疑問を呈した。 「スカートの下に隠されていたのが、今回はプラカードだったが、それは別の何かであり得る。」 ドペイプさんは議場から退場させられたが、起訴はされなかった。 もっと見る
6月3日、連邦議会が召集された。デビッド・ジョンストン総督がスローン・スピーチを朗読している最中、上院衛視のブリジット・マーセルさん(21歳)が議場の中央に出て、「ストップ・ハーパー」のプラカードを掲げた。彼女はおよそ20秒後、守衛に退場させられ、即日解雇された。 総督はスピーチを中断せず、議会運営に影響はなかった。ハーパー政権の施政方針は、経済を第一の重点に置くものであり、カナダ小麦局による独占の解体と、長銃登録制廃止を公約している。 マーセルさんは、オタワ大学で国際開発とグローバリゼーションを学ぶ学生で、上院衛視として1年間勤めた。彼女はまた、「ブリジット・ドペイプ」の名で活動するピン芸人でもある。ハーパー首相が数日前に「大多数の国民について考慮しない」と述べたことで、彼女は「創造的な」抗議行動が必要だと感じたという。 彼女はこの日、数多くのテレビでインタビューを受け、「新しい職を探しています」とさえ語った。 「この国には、『アラブの春』のカナダ・バージョンが必要です。それは私たちが路上や、職場や、町内で行動するとき、変化のための力を、ハーパー首相ではなく民衆が手にすることです。」 「私たちは、首相が基地や、ファイタージェットや、法人税減税に大金を浪費し、社会福祉や地球温暖化対策への予算をカットするのを止めなければなりません。国民の大多数が求めているものは、環境にやさしい仕事、より良い健康保険と未来の世代のための健康的な環境なのです。」 マーセルさんは昨年6月、サミット反対運動のため郷里ウィニペグからトロントに行き、グローブ&メイル紙のインタビューを受けている。 彼女はまた、ウィニペグのカナダ政策センターでインターンとして働いていた。ショーナ・マッキンノン理事長は、マーセルさんの印象について、 「彼女は、自分を取り巻く諸問題について格別に熱心でしたから、彼女の将来については期待していました。今回の行動については特に驚きませんが、それは私が望んでいたこととは少し違うような気がします」 と語った。 【動画】http://www.youtube.com/watch?v=i11Tu4eMYwE もっと見る
カナダの企業トゥルー・ノース・スポーツ&エンターテイメントは5月31日、NHL(ナショナル・ホッケーリーグ)のアトランタ・スラッシャーズを1億7000万ドルで買収することに合意したと発表した。同社は、チームをマニトバ州ウィニペグに移転する意向を明らかにした。
かつてこの地にあったウィニペグ・ジェッツが、1996年にフェニックスに移転してから15年、ウィニペグ市民はNHLチームを取り戻す努力を続けて来た。フェニックス・カイオーツと名を改めたチームが経営破綻したのを機に、カナダのいくつかの企業が買収交渉に乗り出したが、ウィニペグへのNHL誘致は、思わぬ形で実現した。チーム名は未定だが、「ジェッツ」の名称復活も噂されている。 両社はすでに買収に合意したが、6月21日に開催されるNHL理事会の承認を得て正式に決定する。フランチャイズ移転には過半数の合意があるだけでよいが、買収には75%の承認が必要となる。なお来年にもリーグ再編成が行われるが、新しいチームは1年間、アトランタ・スラッシャーズの所属するイースタン・カンファレンスの南東地区に所属することになりそうだ。 政治家になっていなければホッケー選手になっていたというハーパー首相は、カナダに7番目のフランチャイズ設置について、喜びの声明を発表した。 「全てのカナダ人を代表して、NHLがウィニペグに戻るという今日の知らせに、とても喜んでいる。ボビー・ハル、デイル・ハワチャック、ティーム・セラニのような伝説のウィニペグ・ジェッツ選手たちの思い出は、カナダ人の記憶にいまだ鮮烈に残っている。」 ウィニペグ市長サム・カッツは、こう語った。 「それはかけがえのない、お金では計れないものだった。15年前を思い出してほしい。まるで誰かに胸を拳で突かれ、肋骨を突き破られ心臓をえぐり出されたような心境を。ジェッツがこの町を去った理由は、新しいアリーナを建設できなかったからだ。」 ウィニペグの作家スティーブ・ランディンは小説“When She's Gone”のなかで、ジェッツを失ったマニトバのホッケーファンの精神的ダメージを描いている。 ウィニペグには現在、バンクーバー・カナックスのファームチームでAHL(アメリカン・ホッケーリーグ)に属するマニトバ・ムースがあるが、オーナーであるトゥルー・ノース社は、これをニューファンドランド&ラブラドル州セントジョンズに移転する意向である。 マニトバのホッケーファンはNHL誘致に歓喜しているが、懸案は多い。マニトバ・ムースのために2004年に建設されたMTSセンターは、座席数およそ1万5000で、NHLで最も小さい会場である。またウィニペグは人口76万2600人で、NHLのある30都市では最も小さい。現在は記録的なカナダドル高だからよいものの、カナダドルが安くなれば、チームは再び年俸の支払いに困ることになる。ジェッツが移転した理由は、ウィニペグにいては選手の給料を払えなかったからである。またウィニペグはカナダの都市の中で最も寒く、かつ退屈な町でもある。選手は契約上義務づけられていない限り、ウィニペグでプレーする義務はなく、高額の年俸を提示されればいつでもアメリカのチームに移籍するだろう。 もっと見る
新民主党のレイトン党首は5月28日、モントリオールで開かれた会議で、ケベックの言語と文化を擁護する措置について提案すると語った。
ハーパー首相は、人口が増加したオンタリオと西部の下院議席を増やそうとしているが、それはケベックの相対的な比率が低下することにほかならない。レイトン党首は、ケベックの下院での影響力保持のため戦うことから始めると語った。 新民主党は従来ケベックに議席を持たなかったが、今回総選挙で75議席中59議席を獲得した。新民主党全体では、103議席のうちの57%に当たる。彼は、このような提案は決して他州の反感を買うようなものではないと言う。そして、ケベックが残りのカナダに挑戦するような形の論争は、ここ20年ですっかり変わったと説明した。 ハーパー政権は今回初めて過半数を手にしたが、ケベックではわずか5議席しかない。この数字は、過去の過半数政権のうちで最小である。このことは、マルローニ政権はケベックで莫大な議席を持っていたため、ケベック民族主義者の要求に抗しきれなくなり破滅の途をたどったが、ハーパー政権はケベックの要求を無視することができ、また彼らの要求を単独で否決できるだけの議席数をカナダ全土で持っていることを意味する。 もっと見る
ハリス=デシマ社が5月12日から15日にかけて、1000人のカナダ人を対象に実施した電話世論調査は、カナダ人は憲法論争に前向きで、憲法改正がもはやタブーではないことを示した。
61%の回答者は、現行の上院指名制について、何らかの改革または廃止するために憲法改正してもかまわないと回答した。また58%の回答者は、選挙制度を改正するために憲法改正してもかまわないと回答した。さらに58%の回答者は、1982年憲法に署名を拒否したケベック州を取り込むために憲法を改正すべきだと回答した。 ミーチレイクとシャーロットタウンの2つの協定の失敗から、為政者たちは憲法論争を回避するようになった。事実2つの憲法協定は国民の間に深い亀裂を生み、さらにこれに失望したケベック民族主義者による、独立を問う住民投票を誘発した。ケベック独立に関するどんちゃん騒ぎが90年代にずっと続き、長く続く対立に国民はすっかり疲れ果て、憲法問題を避けて通るようになったのである。 ところが、今年の連邦議会選挙においてケベックで躍進した新民主党のレイトン党首は、ケベックの要求に沿った憲法改正論をにわかに持ち出した。ケベック民族主義者に媚びた過去の政治家たちは、例外なく破滅したのだが。 現行の上院議員指名制を支持したのは、わずか10%だった。39%の回答者は、上院議員は選挙で選出されるべきだとした。20%の回答者は、上院議員には任期があるべきだとし、20%の回答者は、上院は廃止すべきだと回答した。 なお調査は、2人の上院議員が辞任して下院選挙に出馬し、落選後に再びハーパー首相から上院議員に指名された5月18日以前に実施された。 選挙制度については、34%は現行の小選挙区制を支持した。32%は比例代表制を、24%は選好投票制を支持した。また72%が、首相直接選挙制を支持した。 投票の義務化については、賛成47%・反対50%、電話またはインターネットによる投票については賛成50%・反対47%と意見が大きく分かれた。 もっと見る
史上初めて野党第一党となった新民主党は5月26日、初めて「影の内閣」を発表した(以下のリストはABC順)。新民主党下院議員のおよそ40%が女性であり、また今回総選挙においておびただしい数の新人議員が当選したことから、「影の内閣」には多くの女性と、若干の新人議員がリストアップされている。
トーマス・マルケア議員は、副党首のままである。 総理:ジャック・レイトン 農務:マルコム・アレン 倫理・情報アクセス・著作権担当:チャーリー・アンガス フランコフォニー担当:ロベール・オバーン 米州機構担当:ポリーナ・アラヤ 民族遺産:タイロン・ベンスキン 女性の地位:フランソワーズ・ボワバン 予算庁長官:アレクサンドル・ブレリス 職能:マージョレイン・ブティン=スウィート 国際貿易:ロバート・チゾム 運輸・インフラ・地域社会:オリビア・チョウ 民主改革担当:デイブ・クリストファーソン 法務:ジョー・コマーチン 中小企業及び観光:レーモン・コテ 人的資源・職能開発:ジーン・クラウダー 市民権・移民・多様文化:ドン・デイビス 厚生:リビー・デイビス 外務:ポール・デュワー 水産海洋:フィン・ドネリー 先住民及び北方開発:リンダ・ダンカン 労働兼公用語:イボン・ゴディン 国防:ジャック・ハリス 産業:ピーター・ジュリアン 国際協力:エレーヌ・ラベルディエール 科学技術:エレーヌ・ルブラン 環境:ミーガン・レスリー 歳入:ホアン・マイ 年金:ウェイン・マーストン 小麦局担当:パット・マーチン 高齢者:アイリーン・マシッセン 軍需物資調達担当:クリスティン・ムーア 住宅:マリー=クロード・モラン 下院院内総務:トム・マルケア スポーツ担当:ピエール・ナンテル 財務:ペギー・ナッシュ 雇用保険:クロード・パトリ 障碍:マノン・ペロール 天然資源:ロメオ・セガナシュ 公安:ジャスビル・サンドゥ 高等教育:ラシカ・シツァバイエサン 退役軍人:ピーター・ストファー 消費者保護:グレン・シボルト 公共事業・政府業務:ニコル・ターメル もっと見る
自由党幹部会は5月25日、ボブ・レイ議員(62歳、元オンタリオ州首相・元オンタリオ新民主党党首)を暫定党首に選出した。
元宇宙飛行士のマルク・ガルノー議員も立候補したが、クレチエン元首相らはレイ議員を推した。投票は非公開の幹部会で行われ、レイ暫定党首は次の党首選で正式な党首の地位を求めないことと、新民主党との合併を推進しないことを約束させられたという。 それでも人々は、レイ暫定党首がこれまでどれほど党首の地位を望んできたかを知っているので、彼がうまいこと党を建て直し、その実績を掲げて正式な党首に立候補するのではないかという疑いを払拭しきれないようだ。 レイ暫定党首は、こう述べた。 「私より強い権力が、アップス委員長と妻にある。私が任されたのは暫定党首の任務であり、私にはその意味がよくわかっている。」 自由党は6月18日に臨時党大会を開催するが、そこで党首選開催を2012年11月から2013年2月までの間に延期すべきかどうか決定する。また隔年に開催していた党大会は、6月17日から1月13日までの間に延期される。 次の党首には、ジュスタン・トルドー議員(トルドー元首相の息子)とドミニク・ルブラン議員(ルブラン元総督の息子)の名が挙げられているが、両名とも沈黙を保っている。かつてオンタリオ州首相としてオンタリオの財政を破綻させた前歴のあるレイ氏は、悲しいほど人気がない。 もっと見る
選挙法は、1位と2位の得票差が投票総数の0.1%以下の場合、裁判所に訴えることなしに、自動的に票の数え直しをするよう定めている。今回総選挙では、以下の4選挙区で票の数え直しが行われた。
オンタリオ州エトビコークセンター選挙区では当初、テッド・オピッツ候補(保守党)がボリス・ジェズネフスキー候補(自由党)を破って当選と発表されたが、再集計の結果、オピッツ候補が26票差で当選と確定した。 オンタリオ州ニピシング-ティミスカミング選挙区では当初、ジェイ・アスピン候補(保守党)がアンソニー・ロタ候補(自由党)を破って当選と発表されたが、再集計の結果、アスピン候補が18票差で当選と確定した。 ケベック州モンマーニュ-リスレ-カムラスカ選挙区では当初、ベルナール・ジェネルー候補(保守党)がフランソワ・ラポワント候補(新民主党)を破って当選と発表されたが、再集計の結果、ラポワント候補が9票差で逆転勝利を収めた。 マニトバ州ウィニペグノース選挙区では当初、ケビン・ラムルー候補(自由党)がレベッカ・ブレイキー候補(新民主党)を破って当選と発表されたが、再集計の結果、ラムルー候補が44票差で当選と確定した。 2011年下院選挙は再集計の結果、保守党の1議席減、新民主党の1議席増となり、議席配分は保守党166議席、新民主党103議席、自由党34議席、ケベック連合4議席、緑の党1議席(定数308)と確定した。なお保守党のケベック州における当選者はわずか5人で、うち4人が閣僚ポストを与えられたが、当選が確定していなかったジェネルー候補にはもちろん与えられなかった。 もっと見る |
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